(滝本)16年9月訪問後記、婦人会交流会など

今回の大玉村での活動の目的は主に下記の 3 つであった。 われらの活動への村の若い人の参画を狙って打った大玉夏祭りで得られたつながりというわけではないが、夏まつり前後から話があった婦人会との交流が今回の対外的な交流である。

11 日

・藍二番狩り

・藍染作品制作、実験

12 日

・藍染作品制作、実験

・婦人会交流会

13 日

・作品撮り?、ほか

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10 日夜に私用を終え、22 時ごろ集合場所である浅草ハウス(大塚ビル)に到着すると、翌朝 4 時出発組 が既に剛平さん、研吾さんは到着しており、雑談を交えて今回大玉村での行程について話し合っていたようであっ た。宙くんも乗せ車を揺らしながら、ゆりかさん、はしもとさんを迎えにいき 1 時ごろまた浅草ハウスにもどる。 雑談と行程や段取りについての話が交互に混じりながらなかなか話が一筋に進まないが、みなそれを楽しんでいる ようであった。歓藍社の話し合いにおいても行間を読ませるような会話が多く、慣らす為にも必要な雑談なのかもしれない。

大玉夏まつり後に彦太郎さんから道具の考案を発議されたことから、生葉こきや、ミキサーでの葉の粉砕、インディゴの搾出について、効率化あるいはそれら自体をなんらかの目的とするための方法について考えてい た。未来さんはミキサーを用いずに葉を粉砕できないかとのことでコンクリートの舟のようなものを作り、みなで踏みし め葉をつぶすという案があがる。たたら製鉄の天秤フイゴ踏みのような光景が思い浮かび、とてもおもしろそうだと思 ったが、材料調達など準備不足もあり今回は却下となった。しかしながら徳島での藍染のような産業の規模とは異な るスケールとストーリーの模索において、大規模電動機械でなく人力機械のような道具の製作は急がれるべき課題であろう。

そうこうしているうちに寝入ってしまい 4 時を過ぎ起床。そうめんをいただき 4 時半ごろ出発、高速に乗る とまたすぐに寝入ってしまった。10 時ごろプラント 5 に到着し目覚める。いくらかの品と食料等を調達し 11 時ごろ彦 ハウスに到着する。予定としては 11 日 4 時ごろ大玉村を出発し、8 時ごろ到着、二番刈りを行う予定であったが、3 時間遅れての到着である。既に大玉村のいつもの婦人方が藍の刈り入れ、生葉こきを行ってくれていた。かんたん な挨拶をすませ、すぐに生葉こき、葉干しの作業に入る。1 時間程度作業をしているうちに昼食の準備ができたと声 をかけられる。今回も昼食のカレーやナスの味噌煮、きゅうりの漬物、ニンジンの和え物、スイカなど彩豊かな食卓 でまだほとんど作業はしていないがお腹いっぱい食べてしまう。

食後にそれぞれ簡単な自己紹介をし、昼寝の時間をとる。自分は移動中ズット寝ていたため再び生葉こ き、藍粉なしの作業にもどる。しばらく藍粉なしの作業をしながら、コレは単純だけれど機械化するのはなかなか難 しそうな作業だなとかさしあたってのスクモ仕込み(寝せこみなど)の場作りはどうしようかなど考える。(村中を探せば あいている小屋などいくらかはありそうだが……)

夕方になり、いつもの岳温泉へいくが相変わらず熱い。温泉の水を藍建てやスクモ仕込の打ち水に使 えばどうだろうと考えて湯あがりに泉質を調べてみたが、どうやら岳温泉など安達太良山系の温泉は pH2.5 程度の 酸性湯であるらしくあまり向かないかもしれない。青島さんゆりかさんが帰京するため急いで彦ハウスにもどり、今後 向こう 5 年くらいを見通しての活動方針について話し合いをする。まず自分たちの作品の質を高める必要があると の意見でなんとなくみな合意したようであった。作品の「質」というものについて、「モノ」としての染め制作品の質とい うものにはまだ議論の余地があるが、一方で制作品にいたるストーリー、「コト」、というものも含め「質」を捉えなけれ ばならないとの話である。この「コト」でついてくる価値は主に生産様式によってであろう。趣味的に行われる中小規模生産 (この中小規模での最大値を取りたいが)の趣味的に生産される 2~3 の畠の集積で得られる量をひとつの単位とし て、葉こきや葉の乾燥、スクモ作り、染めの場を作ることを考えると、その道具や場の形態も他地域と大いに異なるも のになるはずであるから、道具や場についても大規模生産との差を意識的に考える必要がある。道具について少し 考えれば、歯車をもつカラクリ機械のようなものを作ることになるとしても、(ここに大型初期投資のようなものは有り得 ず)それはおそらく自転車や廃自動車のような何らかの既存の機械を転用したものとなるだろう。

青島さん、ゆりかさんを見送り、橋本さんを中心として夕飯の準備をする。夕飯をしながら、明日 12 日の 話をする。日中に藍染の実験と婦人会の準備をする予定となり、起床時間を決め、すぐ寝る組と少し夜間の作業を 行う組とに分かれる。夜、生葉こき作業をしながら現れたハラビロカマキリの尾を水につけてみるとハリガネムシが 2 匹現れ、みなの関心を奪い、なかなか作業が進まなかった。生葉染で出る搾りかすにもまだインディゴが残ることか らこれの抽出法について話し合いながら考える。刈りたての生葉にあるインジカンを水溶性のままそのまま効率よく 水に溶かしだすことができればよいのではとのことから浸透圧差で抽出することを発案し、食塩水に 1 時間程度浸 すが、すぐにわかる結果は得られなかった。水溶性を保ち少し細胞を破壊するために強アルカリ条件下のほうがよ いかも、灰汁を加えるなどの実験もしてはどうだろうかなど考える。刈ってきた藍の葉をすべて駆り終えたのが午前 2 時ごろでそのまま即就寝。

12 日 7 時ごろ起床し、はしもとさんたち?が用意してくれていた朝食をいただく。朝食をすませ、何か作 業はないかとあちこちで小さな作業をしていると未来さんにミキサーにかけた藍のジュースを絞るための簡易な道具 を作ってくれとパスを受ける。洗濯ネットに棒を取り付けるの案もあったが洗濯ネットにそのまま棒を取り付けては洗 濯ネットが破れそうなので、細すぎず太すぎずな断面 2cmx3cm 程度で 20cm 弱の角棒で端部を丸くした棒を 2 本 作り洗濯ネットに入れてねじる道具を作ったら思った以上に好評であった。絞る回数を重ねるにつれ、棒が青く染ま っていくのも興味深い。また藍葉こきなどをしていたらあっという間に昼になり昼食。

昨日のカレーをいただき、昼食後に夕方の婦人会までの間の作業の簡単な打ち合わせをし、板締め染 めの制作をしてみる。板締めでは板で締めた部分に水がはいりこめず、板の部分がネガの紋様として現れてくる。こ の型板を研吾さんは「型枠」と呼んでいたが、確かに扱いはコンクリートの型枠に似たところがあるなと思う。彦ハウス 離れの工作場で紋様とその現れ方についてすこし考え、藍の節のある茎のような、古代文字のような型を考案した。 ジグソーの回れる R がおもったより大きく、制作に難儀する。現れた川ちゃんにも何か作ってみなよと促すも、予想

通りどこかへ行ってしまった。(川ちゃんは基本的に紋様が好きではないのだ。結局 U 字溝にさらし、廃液で染める という方法をとっていたが、思った以上に染まっていた様子であった。)制作した型で締め染めようとするも、単純な 蛇腹折で染めるとすれば折り返し数を増やすと巧く柄が出ないだろうと思いながら、手ぬぐいサイズで 5 度ほど折っ て締め、染めてみる。(実際できた制作物は折り重なった布の中央部に少し染料が入り込み、中央付近はボケてしまった。輪ゴムのほかに型枠を締める方法を考えるのもひとつだろう。)染まりあがるのを待ちながら、ミキサーでの葉 の粉砕をしていると、午前中に作った絞る用の棒がもう一組必要だとのことで、もう一組つくる。

藍葉の粉砕もある程度終わり、準備の段取りもいつになくよく 4 時半ごろ彦ハウスを発つ。コンビニで資 料を印刷していた研吾さんをピックアップし、5 時半前に農村環境改善センターに到着。勝手がわからないながらも、 取りあえず軽トラック等から荷下ろしをし、机などを汚さないよう養生する。18 時半ごろイントロダクション的な挨拶を してからはあっという間にすぎた 2 時間であった。渋滞する上に場所の構成が難しく何度か配置がえをしてようやく 落ち着いた頃にはほとんどの染めの作業を千晶さん、藤下さんがさばき終えてくれていた。婦人会の方々とは藍葉 こき、藍粉なしなど別のコーナーで藍染めについてや今後の活動についての交流をしてくれていたようだ。染めも 終わり、片づけ中に川ちゃんとすこし休憩しながら、婦人会の方々も遠慮なく素直に貪欲に関わってくるのが面白 いねとか話す。婦人会といっても思った以上に年齢層が高かった印象である。時間も押していたため、部屋にもどり 記念撮影をし、解散。

エレナさん橋本さんと先にコンビ二に向かい、エレナさんの記録のコピーをして後発組みを待つ。後発 組が到着したところで、婦人会との交流の総括と今後(年内)の動きを確認する。婦人会との間でファッションショーを やりたいとの声があがったようで、これは村の若い力を呼びこむのにも適していそうな話題である。が、今日の婦人 会の体制をみるとこれは難儀だなと思わされる。10 月には種取時期の様子の確認、スクモ小屋の案出し、祭りがあ り、11 月には種取、スクモ小屋が必要になるだろうという話しだった。まだ規模も未定であるから仮小屋となるのか、 はたまたどこかの空き小屋をさがすのかはまだわからないが、10 月に具体的にどのような動きをすべきかはメール でのやりとり、東京での話し合いで進めることになるだろう。

30 分ほどの立ち話を終え、みなに見送られながらエレナさんの車に乗せてもらい、橋本さん未来さんと で帰京する。帰りの車内で主体性と個々の思惑などについての話をする。途中から入った橋本さんには運動体とし ての歓藍社の思惑と構成する人それぞれの思惑とが断片的にしか把握できておらず、歯痒い思いをしていたようだ。 記録があれば読むのにとのことであるから、やはりこのような後記や HP でのブログ形式での更新方法など考える必 要がありそうである。このような後記も個と全体の思惑とを共鳴しあいながら増幅させていくにはやはり必要な作業であることを改めて実感させられた。(滝本)